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東京簡易裁判所 昭和29年(ハ)193号 判決

原告 野村与三郎

被告 富士製鉄株式会社 外一名

主文

被告富士製鉄株式会社は原告に対し別紙目録〈省略〉記載の株券による株式につき原告名義に名義書換の手続を為せ。

被告藤崎治は原告が別紙目録記載の株券による株式の株主なることを確認する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は主文第一乃至三項同旨の判決並に第一項につき仮執行の宣言を求めその請求原因として原告は昭和二十八年十一月中訴外富士証券投資株式会社(以下証券会社と称する)社長鷹岡善治から金融を依頼せられ請求趣旨記載の株券等を担保として金円を貸付けた処その後右証券会社は破綻を来たし右借金の弁済不能となつたので原告は昭和二十九年三月中同会社から請求趣旨記載の株券を右貸金の代物弁済として取得した。而して右株券には被告藤崎治名義の譲渡証書が添付せられて居たが原告は昭和二十九年三月中被告富士製鉄株式会社に対し、右藤崎治名義の株券を原告名義に書換へられたき旨請求したところ右被告会社は福井地方裁判所小浜支部の仮処分命令(同裁判所昭和二十九年(ヨ)第四号、同年三月二十日言渡)によつて名義書換を禁ぜられて居るから応ずることが出来ないとて之を拒絶した。然し右拒絶は左の理由により不当である。

(一)  前示仮処分命令は本件被告藤崎治の申請に係り本件被告会社及前記証券会社を相手として発せられ、その命令の内容は証券会社は藤崎治名義の被告会社株式壱千六百株(各額面五拾円)に付売買、贈与、交換、質権設定、その他一切の処分をしてはならない。被告会社は藤崎治名義の右株式につき名義変更の要求があつても之に応じてはならないと謂うのである。

(二)  即ち右仮処分命令は証券会社に対し単なる不作為命令として株式の処分禁止を命じ、又本件被告会社に対しては第三債務者に対する執行方法に準じ株式の名義書換禁止を命じたものである。然し乍ら株式は株券なる有価証券に化体せられこの有価証券に対する強制執行は民事訴訟法第五百八十一条乃至第五百八十三条所定の有体動産に対する執行方法によるべきものである。従つて株式については第三債務者なるもの存在せず株式を債権に準ずることは民事訴訟法上許されざるところであるから右仮処分命令中本件被告会社に関する部分は実質上無効である。

(三)  株式発行会社は商法第二百五条所定の形式的要件を具備する限り記名株式の譲受人より為された株式名義書換の請求に対しては之に応じなければならない。この点よりするも本件被告会社に対する前示仮処分命令は法律の許さぬところであり無効である。

(四)  仮に前記の株式名義書換禁止仮処分が有効なりとするも該仮処分命令は原告所有の本件株券に対してはその効力を及ぼさない。蓋しかゝる仮処分の目的物は特定せらるゝことを要するに拘らず右仮処分命令は株券を特定すべき券種、記号、番号を表示していないから果していかなる株券に対する書換禁止を命ずるものなりや不明であり、原告主張の本件株券が右仮処分命令の目的とは断定し得ないからである。

(五)  仮に右仮処分命令の目的物が本件原告主張の株券を指すものとするも該命令は昭和二十九年三月二十日発せられたものであるが、本件株券は既に昭和二十八年十一月中原告が証券会社に対する貸金の担保として取得したものであるから該命令の効力は之に及ばない。右仮処分命令の定むる株券中壱千百券は既に昭和二十九年三月十七日その名義が書換えられたることに徴しても被告会社は原告の名義書換請求を拒否すべき理由がないこと明白である。

(六)  又仮に本件仮処分命令が有効なりとしても該命令の効力は相対的であつて第三者の権利行使を阻止し得ないものである。即ち商法第二百五条の要件を充たす株券の所持人たる原告の名義書換請求に対しては被各会社は之が書換を為すべき義務を有し、処分禁止の仮処分命令を受け居る事実は右の義務を否定すべき理由とはならない。

二、次に被告藤崎治は本件株券を前示訴外証券会社に対して出資として交付し右株券には譲渡証書を添付したのであつて右訴外会社は之を担保に供して原告より借金を為し、その後原告は前示のように右貸金の代物弁済として右株券の所有権を適法に取得したものである。然るに被告藤崎治は右株券に対する原告の所有権を否認するので右株券による原告の株主権の確認を求めるものである。と陳述した。〈立証省略〉

三、被告富士製鉄株式会社訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として、原告主張の事実中原告が被告会社に対して本件株券の名義書換を請求したこと及被告会社が之を拒絶したことは之を認める。即ち福井地方裁判所小浜支部は同裁判所昭和二十九年(ヨ)第四号仮処分事件につき同年三月二十日為した仮処分命令によつて、被告会社に対して藤崎治名義の本件株式につき名義変更の要求があつても之に応じてはならないと命令し、該決定が被告会社に送達されたので被告会社はこの理由を告げて原告の請求に応じなかつたものである。原告がその主張のような経緯により本件株券を取得した事実は不知であるその余の主張事実は否認する。仮に被告会社に於て原告に対し本件株券名義書換の義務ありとしてその旨の原告勝訴判決が確定したとすれば、前記株券の名義書換を禁ずる仮処分命令と両立することゝなり被告会社は右仮処分命令を理由に判決による名義書換を拒むは必至であり又拒まざるを得ないところである。而して右判決はかゝる仮処分の存在を是認して為される筋合故、該判決は内容上の効力を実現できない裁判なること明白であり結局原告の本訴請求は訴の利益なきに帰するから本訴は失当である。

尚本件株券によつて表示される株主権が原告主張のように藤崎治から訴外証券会社に、右証券会社から原告に移転したものとせば原告は本件仮処分の当事者たる右証券会社に代位して藤崎治に対し先づ右仮処分命令の取消を求むべきであり、之を為さずして直接被告会社に対し本件名義書換を請求するのは失当である、と述べた。〈立証省略〉

四、被告藤崎治は合式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しないがその提出に係り陳述したものと看做した答弁書の記載によると、原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として、原告がその主張のように本件株券を取得した事実は不知である。被告は訴外証券会社に対し何時でも請求次第返還を受くる約定の下に右株券を貸与したものであつて、被告は右株券に譲渡証書を添付した事実はない。若し譲渡証書が添付せられあつたとすれば右は被告の印章を偽造して作成した偽造文書で無効のものである。而して被告は右証券会社を相手取り福井地方裁判所小浜支部に前示貸付株券返還請求訴訟を提起し、且つ訴件証券会社及被告富士製鉄株式会社を相手方として右株券につき仮処分命令を申請した結果原告主張の仮処分命令が発せられた次第であるというにある。

理由

一、先づ被告富士製鉄株式会社に対する原告の請求について按ずるに

(一)  原告が被告会社に対して原告主張の株券による株式につき名義書換の請求をしたところ、右被告は福井地方裁判所小浜支部昭和二十九年(ヨ)第四号仮処分事件につき同年三月二十日同裁判所の為した仮処分命令によつて名義書換を禁ぜられて居るからとの理由で之を拒否したことは当事者間に争なく、成立に争のない乙第一号証によると右仮処分命令は藤崎治の申請に係り訴外証券会社及被告会社を相手方として発せられ、その命令の内容は右証券会社は藤崎治名義の被告会社株式壱千六百株(各額面五拾円)につき売買、贈与、交換、質権設定その他一切の処分をしてはならない。

被告会社は藤崎治名義の右株式につき名義変更の要求があつても之に応じてはならないというのであることが認められる。

(二)  原告は右仮処分命令の目的たる株式については株券を特定すべき券種、記号、番号が表示されていないからいかなる株券による株式につき名義書換禁止を命ずるものなりや不明であり従つて本件係争の株券は右仮処分命令の目的とは断じ難いと主張するけれども乙第一号証に成立に争のない乙第二号証を参酌すると、本件株券(百株券五枚)により化体された株式五百株は右仮処分命令の目的たる株式壱千六百株の一部であることを窺知することができ、右認定を左右すべき証拠はない。

(三)  然るに右乙第一、二号証及成立に争のない甲第一乃至五号証の各一、二及証人木村孝二並に原告本人の各供述を綜合すると、右仮処分命令の目的たる本件係争の株券による株式はもと藤崎治の所有であつたが訴外証券会社に於て右藤崎治より之が譲渡を受け、次で昭和二十八年十月頃原告が右証券会社に対する貸金の担保として同会社から之が譲渡を受けたものであつて、原告が譲受けた当時右株券には藤崎治名義の譲渡証書が添付せられてあつたこと、及その後右証券会社は原告に対する借金の弁済ができなくなり原告に対し右担保株券の任意処分方を申入れたので原告は貸金の代物弁済として右株券を取得したことが認められ、右認定を覆すべき証拠はない。即ち原告は反証なき本件に於ては本件株券を善意に取得したものと認むべきであるから、被告会社は右株券の適法な所持人である原告の請求により株式名義を原告名義に書換うべき義務あること商法第二百五条の規定に徴し明白である。

(四)  この点につき被告は前示仮処分命令の存在を以て名義書換を拒む理由となし、原告は右仮処分命令中被告会社に関する部分は実質上無効であると主張するのであるが、仮に被告のいうように有効であるとしても右被告会社に対する行為禁止命令の効果は絶体的でなく、該命令の目的たる株券につき権利を主張する善意の第三者たる原告に対しては、取引安全の見地からその効力を及ぼさないものと解すべきであるから右仮処分命令の存在は本件名義書換の請求を拒否すべき理由とはならない。

(五)  被告会社は仮に本件に於て原告請求通りの判決が確定したとしても本件仮処分命令と両立するから該判決は執行不能に帰すべく、右判決はその執行を阻止する右仮処分命令の存在を是認して為されるもの故結局原告の本訴は訴の利益を欠くものであると言い、又原告は先づ藤崎治に対し訴外証券会社に代位して本件仮処分命令の取消を求むべきであるのに之を為さずして直接被告会社に対して本訴請求を為すのは失当であると抗争するけれども本件仮処分命令の効力の及ぶ範囲が前説示の通りである以上本件原告の請求を認容する判決が為された場合右判決につき被告会社に対する執行不能のこともなく、又之が執行につき先づ本件仮処分命令の取消をなすべき要もないから前記被告の抗弁は採用し難い。

よつて爾余の争点に対する判断を省略し原告の被告会社に対する本訴請求は正当として認容する。

二、次に被告藤崎治に対する本訴請求について按ずるに、証人木村孝二及原告本人の各供述及右木村証人の証言により成立の真正を認め得る甲第一乃至五号証の各一、二によると原告主張の株券はもと被告藤崎治の所有であつたが訴外証券会社に於て右被告から之を譲受け次で昭和二十八年十月頃原告が右証券会社に対する貸金の担保として同会社から之を譲受けたものであり、原告が譲受けた当時右株券には被告藤崎治名義の譲渡証書が添付してあつたこと、及その後右証券会社は原告に対する借金の弁済ができなくなり原告に対し右担保株券の任意処分方を申入れたので、原告は貸金の代物弁済として右株券の所有権を取得したことが認められ右認定を覆すべき証拠はない。

被告は右株券は訴外証券会社に対し何時でも請求次第返還を受くる約定の下に之を貸与したものであり、被告は右株券に譲渡証書を添付したこともなく本件添付の譲渡証書は他人の偽造に因る無効のものであると抗争するが、仮に右のような事実であるとしても原告が右株券を取得するについて悪意又は重過失のあつたことを認むべき何ものもないから右事実は原告の右所有権取得を否定すべき理由とはならない。

又当事者間に争のない本件仮処分命令の存在も原告の右株券取得に何等の影響を及ぼすものでない。蓋し右仮処分の行為禁止命令の効果は絶体的でなく該命令の目的たる本件株券の善意取得者たる原告に対しては取引安全の見地からその効力を及ぼさないものと解すべきであるからである。

以上の通りであるから被告藤崎治に対し本件株券による原告の株主権の確認を求める原告の請求は正当として認容する。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

尚仮執行の宣言はその必要なきものと認めるのでその申立は之を却下する。

(裁判官 松浦嘉七)

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